愛おしき身内音学の傑作。ダレル・ホルトのコラージュ。

ソフト・ロックのアーティスト

世に「身内音楽」なるジャンルが存在する。小中学校の卒業式や合唱やブラスバンド、オーケストラ等の演奏会、ピアノやエレクトーン教室の発表会等の音源のことで、CDが普及する以前、1980年代前半まではこうした音源のレコード化を請け負う業者が多数存在した。世の中には酔狂、もとい好奇心旺盛な方もいるものでリサイクルショップなどを回っては「身内音楽」のレコードを蒐集していらっしゃる。

この分野の第一人者は数の子ミュージックメイトさんで、Dommuneなどで活躍されているのでお聴きになった方もいると思う。私も何年か前に池袋の「スナック馬場」(ハードディガーとして有名な馬場正道さんのお店)で彼のDJというかプレゼンを聴く機会があった。その音源の殆どは微笑ましいものばかりだが、中にはこんな素晴らしい作品もあるのかと驚くものもある。数の子ミュージックメイトさんは、身内音楽に生活、歴史の記録としての価値を見出していらっしゃるようだ。

こうした好事家は当然アメリカにもいるわけで、J. Sandarsさんという方がこうした身内音楽のコレクションをYouTubeアップしている。説明には”Lounge and other failures I love”とあり、素人の下手な演奏もあるがレベルの高い作品もありアメリカのポピュラーミュージックの裾野の広さを知ることができる。最近もこのチャンネルで知ったThe Rumorというグループのアルバムを買ってしまった。こんなことをしていたらお小遣いがいくらあっても足りないのである。

さて、先月の記事で取り上げたトリステ・ジャネイロと同じテキサスのセルメンフォロワーという括り取り上げられることが多いグループ、コラージュ(Collage)も実態はこうした「身内音学」だったのではないかと私は睨んでいる。

大学の助教、ダレル・ホルト(Darrell Holt)が教え子4人と結成したグループで1971年にセルフタイトルのアルバムを1枚だけ残している。「Triste Janeroと並ぶテキサス産ブラジリアン・ソフロの傑作」という惹句を目にすることがあるが流石にこれは過大評価だろう。

いろいろ突っ込みどころはあるが、それでもソフト・ロックパーティー”Magic Garden”で隙きあらばかけようとレコードバッグにいつも入れている愛おしいレコードだ。

今回はこのコラージュについて記事に纏めてみたのでお付き合いいただきたい。

なお、コラージュというグループは多数存在し紛らわしいのでタイトルにはダレル・ホルトのコラージュと表記した。

コラージュとは

テキサス州のステファン・F・オースチン大学(Stephen F. Austin University )の音楽学部の助教、ダレル・ホルトが1970年の秋学期(4学期制なので9月~12月)に、同学部の学生、フィル・ウォーカー(Phil Walker、ベース)、ダン・プラード(Dan Prado, ドラムス)に、双子のクリス(Chris)とリズ(LIz)のブランデスキー(Brandesky)姉妹をボーカルに加えたコンボを結成。

ダレル・ホルトは全曲のアレンジとピアノ、トランペット、ボーカルを担当。

課外活動としてナイトクラブ等で演奏活動をし学期休みの1ヶ月間サンアントニオのヒルトン・パラシオ・デル・リオ・ホテル(Hilton Palacio del Rio Hotel)のラウンジに出演。これがGolden Crest Recordsの目にとまり1971年にアルバムを録音した、と、ここまでがアルバム裏ジャケの解説とDiscogsに掲載されている情報の全てである。

ピアノ・トリオに女性ボーカル2人というスタイルでしかも10曲中3曲をBrasil’66のレバートリーから選んでいることから紛れもないセルメンフォロワーではあるが、音楽的にはブラジル色はなく、ジャズをベースとしたラウンジバンドでソフトロック色もあまりない。

いろいろ調べてみたが、いつも参考にしているビルボード誌、キャッシュボックス誌、レコードワールド誌には一切の記事が出ておらず、ネットで調べてみても不確かな情報しかなく、ダレル・ホルト以外のメンバーについては一切情報が得られなかった。おそらく教え子4人はプロのキャリアを歩まなかったのだろう。

この唯一のアルバムは、2003年にGear Fab Recordからリイシューされたがそれまでは一部の好事家の間で高値で取引されているくらいで一般には知られていなかった。Gear Fabは1965年から72年までのサイケ、ガレージ、ロックに特化した再発専門レーベルだが何故このアルバムを再発したのか理由ははっきりしない。Gear FabがコラージュのCDをリリースした時にこんな説明文があった。

”Released in early 1971 and featuring the beautiful harmonies of sisters Liz & Chris Brandesky, this charming Long Island quintet did a great job of singing the cover songs of their day.”

“Long Island quintet”とあるがコラージュはテキサスのバンドで、ロングアイランドはレーベルのGolden Crestがある場所だ。こんな雑な説明をするくらいリイシューするGear Fabもこのバンドの情報を持ち合わせていなかったのだろう。

ダレル・ホルトについて

ダレル・ホルトは1941年生まれで、ステファン・F・オースチン大学でトランペットを学び、ノース・テキサス州立大学で作曲理論で修士号を得る。公立学校の音楽教師を経て1968年に母校に戻り助教(Assistant Professor)として大学のビッグバンド(Stephen F. Austin University Lab Band)とジャズ・ボーカルクラスのディレクターに就任。ビッグバンドを率いて演奏旅行に出てリトルロック・ナショナル・ジャズフェスティバルで優勝したようだ。その記念アルバムのジャケットによるとベースのフィルとドラムスのダンはこの時のビッグバンドのメンバーだ。

コラージュを結成したのはその翌年でおそらくジャズ・ボーカルクラスの双子姉妹に惚れ込んでコラージュを結成したのだろう。ホルト自身まだ29歳で双子の姉妹に思い入れがあったのは間違いない。これは私の勝手な推測だがこの唯一のアルバムはこの素晴らしい双子の姉妹の歌声を残したくて制作した自主制作盤だと思う。(根拠については後ほど記す。)

ホルトはその後、音楽学部の准教授となり大学でジャズコース、編曲、音楽理論を2000年秋に亡くなるまで教えた。また学外でも作編曲家、指揮者、演奏家として活躍し40枚以上のアルバムをプロデュースしたらしい。またナッシュビルもそう遠くない土地柄か、ジャズのみならずカントリーの分野でも足跡を残している。

ホルトが亡くなってから20年後の2020年3月にテキサス・ジャズ教育者協会の殿堂(the Texas Jazz Educators Association’s Hall of Fame)に名を連ねることになりその業績が讃えられた。教育者としてホルトは生徒や同僚に慕われていたらしい。

アルバム収録曲について

 このアルバムはSpotifyに音源がなくブログに直接音源を貼ると著作権侵害になるためYouTubeに音源をアップしておいたのでリンクを貼っておく。

Collage / Collage  Golden Crest – CRS 31023B US 1971

A-1 Wave (Antonio Carlos Jobim)
 ジョビンの名作でセルジオ・メンデス&ブラジル’66もセカンド・アルバム「分岐点(Equinox)」で取り上げている。

A-2 You Stepped Out Of A Dream (Kahn, Brown)
 1940年につくられたジャズのスタンダード・ナンバーだが、セルジオ・メンデス&ブラジル’66の5枚目のアルバム”Crystal Illusionsに収録。ここでもセルメンを意識したアレンジとボーカル。

A-3 You’ve Got A Friend (Carol King)
 キャロル・キングによる普遍的な名作。アルバム『つづれおり(Tapestry)』(1971年)に収録されたが、曲をもらったジェイムス・テイラーは自身のアルバム『マッド・スライド・スリム(Mud Slide Slim and the Blue Horizon)』(1971年)に収録、シングカットした同曲は7月にビルボードHot100で1位となる大ヒットとなった。
 ホルトは当時大ヒットしていたこの曲を早々とカバーしたわけだが奇を衒わずオリジナルの良さを活かしている。ホルト自身のボーカルもなかなか良い。

A-4 1-2-3 (White, Madara, Borisoff)
 ブルー・アイド・ソウルの歌手レン・バリー(Len Barry)の1965年の大ヒット曲のカバー。
こちら(不安定な)カウベルを前面に押し出しながらもクリスとリズのクールな歌い方がとても良い。このアルバムの中で私が一番好きな曲だ。

A-5 He Ain’t Heavy ( Russell, Scott )
 オリジナルのタイトルは”He Ain’t Heavy, He’s My Brother” でホリーズ(The Hollies)、ニール・ダイヤモンド(Neil Diamond)のカバーによって世界的な大ヒットとなったバラードの名作。

B-1 Poinciana (Bernier, Simon)
1936年につくられたラテン・ジャズのスタンダード。ああ、コラージュはラウンジバンドだったんだなと思う演奏。

B-2 Day Tripper (Lennon-McCartney)
 ビートルズの大ヒット曲のカバーだがセルジオ・メンデス&ブラジル’66もファースト・アルバムでカバーしている。コラージュもセルメン・マナーでのカバーとなっている。

B-3 Satin Doll (Strayhorn, Ellington, Mercer)
言わずと知れたジャズのスタンダード。ボルトとブランデスキー姉妹のハーモニーが良い。

B-4 A Day In The Life Of A Fool (Sigman, Bonfá)
ルイス・ボンファ作の「カーニバルの朝(Manha De Carnaval)」のカバー。後半、スイングし始めるとは流石ジャズクラスの先生。

B-5 There’ll Never Be Another You (Warren, Gordon)
ハリー・ウォーレン(作曲)、マック・ゴードン(作詞)がミュージカル映画『アイスランド (Iceland)』(1942年)のために書いた作品で1950年代にはジャズのスタンダードとして定着、多くのアーティストにカバーされた。前述の通り、私達はソフト・ロック的にクリス・モンテスのカバーが大好きで、コラージュのカバーもやさしい気分になれる良い演奏だ。

このアルバムは商業盤だったのかまたは自主制作盤だったのか?

アルバムを聴くとまず双子姉妹の美しいユニゾンに心を奪われる。ホルトのアレンジはセンスがよくピアノとホルトがコーラスを被せるハーモニーも心地よい。

しかし  率直な印象としてはドラムスがモタる、ヨレる、ツッコむの三拍子が揃っていて曲を聴いていると違和感だらけで落ち着かない。ジョビンの名作”Wave”はリムショットのシンコペーションに耳が慣れているので、この奇抜なリムショット乱れ打ちはいただけない。これが私が「身内音楽」と見做している理由の一つだ。

それでもザ・ピーナッツを想起させるクリスとリズの双子の歌声は魅力的だ。たまにアマチュアっぽさが出てしまうこともあるが総じて艶のある良い声だと思う。なかでもA-4の”1-2-3”などは大変素晴らしくカウベルのヨレとフィルインもモタりもこの際なかったことにしようと思うぐらいだ。そしてB-5のThere’ll Never Be Another Youのカバーも大変良い。

このアルバムは2003年にGear Fab Recordからリイシューされるまではオリジナル盤がメガレアマニアの間で4万円くらいで取引されていたという話を聞く。今の相場は15,000円前後というところだ。まともにプロモーションや流通した形跡がなく、プレスした枚数もそう多くはないだろう。こうしたレーベルの姿勢がコラージュを「身内音楽」と見做しているもう一つの理由だ。

コラージュのアルバムをリリースしたGolden Crest Recordsは1958年ニューヨーク州ロングアイランドにロックンロールブームに乗じて設立されたレーベルだ。1959年に当時高校生だったザ・ウェイラーズと契約、彼らのファースト”The Fabulous Wailers”に収録された”Tall Cool One”がビルボードHot100の36位に入る全米ヒットとなり、Gino and the Dells、The Montellsなどの楽曲をリリースした。

しかしブリティッシュインベージョンで業績はガタ落ち。その後は再発ものや各地の大学のマーチングバンド、ビッグバンド、オーケストラの自主制作盤の制作で糊口をしのいでいたようだ。

ダレル・ホルトがアルバムをつくったのは正にそんな時で、実際のところどのようなディールがあったかは分からないが、恐らくGolden Crest側がホルトに営業をかけたのではないか。カタログナンバーはつけるが、ディストリビューションはせず、買取りまたは学内マーケットで売り切るとかいう条件でアルバム制作の話を持ちかけたのではないか?本気で売るつもりであればもう少し丁寧なレコーディングをしたと思う。聴く限りではほとんど一発録りでオーバーダブもホルトのトランペットくらいのもの。マイナーレーベルゆえ資金難で制作費が出なかったのかもしれないが。

また、最新ヒットである”You’ve Got A Friend”こそカバーで取り上げているが、1971年のアルバムとしては選曲やスタイルがやや時代遅れだ。冒頭で紹介したアメリカ版の身内音楽、J.Sandars氏の言うところの”Lounge and other failures I love”に通じるものがある。

以上により誠に勝手ながらこのアルバムは自主制作盤の類だったと結論づけたい。しかしそれでも個人的には愛おしいレコードだ。

昔、アメリカで働いていたとき国内出張の密かな楽しみは宿泊先に併設されいてるラウンジでローカルタレントの演奏を聴くことだった。当たり外れはあるものの多くの場合、アメリカのエンターテインメントの層の厚さを感じることができた。ホルトのコラージュもそんなバンドの一つなのだろう。

おまけ テキサスの地理とステファン・F・オースチン大学について

そんな目くじらをたてることでもないが、このバンドについての情報が少ないことから国内外を問わず適当な説明をしている人が多いので少し地理的な説明を加えておく。

まず地図をご覧いただきたい。テキサス州は広いのである。トリステ・ジャネイロのダラス(Dallas)とコラージュが結成された大学のあるナカドーチェス(Nacogdoches )は近いように見えるかもしれないが東京と浜松くらい離れている。

ダラスはケネディ大統領が暗殺された町でフットボールチーム、ダラス・カウボーイズの本拠地の人口約130万人の大都市でナカドーチェスは人口約65,000人の大学町である。テキサス州で結成されたセルメンフォロワーとしてトリステ・ジャネイロとコラージュを同列にならべるのはミスリードかと思う。

コラージュは1ヶ月間サンアントニオのヒルトン・パラシオ・デル・リオ・ホテルのラウンジに出演したと書いたがこの地図を見るとかなり離れた町に遠征したことが分かる。

ホルトが教鞭をとったステファン・F・オースチン大学だが、名前にオースチンと入っているために州都オースチンにあると勘違いして人もいるが、この大学は州東部の田舎町にあるのだ。

ちなみにこのオースチンという名前はテキサス州へのアングロアメリカ人の入植を推し進め、「テキサスの父」として知られるスティーブン・フラー・オースティン(Stephen Fuller Austin)に由来するもの。

ステファン・F・オースチン大学は、6つのカレッジからなる州立の総合大学で芸術系カレッジは美術、音楽、演劇のスクールからなる。ホルトはこの音楽スクール(日本流にいえば音楽学部)でジャズコース、編曲、音楽理論を教えていた。卒業生にはイーグルスのドン・ヘンリーやEW&Fのロニー・ローズなどがいる。またスポーツでも有名でNFLで活躍するフットボール選手を多数排出している。

蛇足かもしれないがこうしたバンドが生まれた背景を知るのも楽しいものだ。

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