7インチ化が望まれる奇跡の名曲“The Upper Left Hand Corner Of The Sky“

ソフト・ロックのアーティスト

ソフトロック縛りのDJパーティーをやっているとRoger NicholsやHarpers Bizarreなどのメジャーな作品でいわゆる曲被りが発生することがままある。用意していた曲を他のDJがかけたとしても、それは価値観が共有できたということでとても嬉しいものである。

一方、マイナーなアーティストの作品であるにも関わらずかなりの頻度で曲被りが発生することがあり驚くことがある。今回取り上げるThe Jimmy Vann Band の唯一のアルバム“The Upper Left Hand Corner Of The Sky“の表題作もそんな1曲だ。

いきなりだがまず表題作の“The Upper Left Hand Corner Of The Sky“を聴いてほしい。

いかがだろうか?まさにパーフェクト·ポップ·チューンともいうべき素晴らしい作品。フルートとトランペットの印象的なイントロ、ボサノバのリズムに乗った男女のユニゾン、ギターの間奏も含め完璧なアレンジ。

この曲も90年代のソフトロックブームの中で発掘されたらしいが、当時この曲を見つけて紹介してくれた方には本当に感謝したい。できればこの曲を7インチ化したいと思い、バンドリーダーのJimmy Vannにコンタクトを試みたが残念ながらいまのところ返信はない。ご高齢のためかホームページもしばらく更新されていないしFacebookの投稿を見ても最近はあまり活動はしていないようだ。まだ諦めたわけではないが、Jimmy Vannについていろいろ調べたので記事にまとめておく。少々長いがよろしくお付き合い頂きたい。

このアルバムについての情報

The Jimmy Vann Band名儀の唯一のアルバム “The Upper Left Hand Corner Of The Sky“は1971年にリリースされた自主制作盤だ。表題作のためだけに多くのソフトロックファンがこのアルバムを買い求めたために一時は中古価格が高騰したらしいが今はだいぶ落ち着いて手頃な価格で手に入る。

 また、2008年には韓国の名再発レーベルBEAT BALLにより初CD化されており素晴らしいことにライナーノーツにJimmy Vannご本人による解説(英文)が掲載されている。曲の解説は韓国語だがVividから出された日本版には高浪慶太郎氏による解説が加えらている。今回の記事はこのJimmy Vannご本人の解説と彼のホームページが主な情報源であることをお断りしておく。

Bitly

このアルバムのThe Jimmy Vann Bandは、リーダーのJimmy Vannに、ドラムスのJack Lyndeと女性ボーカルのSusan Nemiroffを加えたトリオである。

トラックリストは以下の通り。Buddy Prima (名曲”Sing, Sing, Sing”の作曲者にしてキング·オブ·スゥイングと呼ばれたLouis Primaの甥)の作品が表題作を含め4曲取り上げられており、オリジナル3曲、Joni Mitchell、 Gilbert Bécaudのカバーが各1曲という構成になっている。

A1 The Upper Left Hand Corner Of The Sky (Buddy Prima)
A2 Cowboys Never Cry (Buddy Prima)
A3 I’m Just Me (Buddy Prima)
A4 Circle V (Jimmy Vann)
B1 Both Sides Now (Joni Mitchell)
B2 Let It Be Me (Bécaud-Delanoë)
B3 The Music Is Love (Buddy Prima)
B4 Everything That’s True Is Blue  (Gil Lewis,Jimmy Vann) B5 Break Tune (Jimmy Vann)

なお、CDには以下の2曲がボーナス·トラックとして加えられている。
·How Do You Tell A Child (Gil Lewis,Jimmy Vann) 
·I Love You More Each Day  (Jimmy Vann)

表題作が素晴らしすぎるためソフトロックファンが2曲目以降を聴くとがっかりするかもしれない。それはジャンルがジャズ、R&B、カントリーなどバラバラのためアルバムとしての統一感がないからだ。これは当時の彼らの活躍の場所がホテルのラウンジなどであったことが理由だと思われる。嗜好が様々な客をもてなすための音楽と思えば合点がいく。

多様性を認識した上で聴いてみるといずれもなかなか良い出来である。特にB面1曲目のJoni Mitchellの名曲Both Sides Nowのカバーはアレンジとハーモニーが素晴らしく、もし表題作を7インチ化することができるのであればフリップサイドにはこのこの曲を入れたいと妄想を膨らませている。

B1 Both Sides Now (Joni Mitchell)

このアルバムの特徴として多重録音が非常に効果的に使われていることがあげられる。ボーカルはJimmy Vannと女性ボーカルのSusan Nemiroffの二人だけだがハーモニーを幾重にも重ねることによって深みのある音が生まれている。ちなみにエンジニアのDave WiechmanはElvis Presleyのアルバムにエンジニアとして参加してきた人物でこのアルバムが自主制作盤であるにも関わらずサウンドクオリティが高い所以でもある。

クレジットは以下の通り。

Arranged By, Producer, Vocals, Piano, Organ, Accordion – Jimmy Vann
Drums, Percussion – Jack Lynde
Vocals – Susan Nemiroff

Bass – Jack Prather
Flute – Bill Baker
Guitar – Bob Redfield, Gerhard Schroeter
Trumpet – Dwight Hall
Engineer – Dave Wiechman*

Jimmy Vannについて

これだけ素晴らしい作品を残しているだけに、Jimmy Vannの他の作品にも期待が高まるが他には単位についての教育用教材のレコードを出しているだけで残念ながらメジャーなシーンにおいての活躍はない。しかしながらプロの演奏家として60年以上も活動を続けて来た素晴らしい音楽家であることは間違いない。

日本では演奏家として生計を立てるのはなかなか難しいが、アメリカではホテルのラウンジやバー、レストランでの仕事は多く、またイヴェントやパーティーなどの需要もある。また、家が広いアメリカならではの話だがホームパーティーでの需要もある。確かに競争もあり実力次第ではあるがこのような仕事をこなしながら生活をしている音楽家はけっこう多いのである。

話はそれるがアメリカのこうしたパーティー文化は本当に羨ましい。庶民レベルでパーティー文化が根付いており、また会場となるレストランやホテルも手頃な価格で借りられる。そしてパーティーといえばバンドやDJが必須となる。かく言う私もDJの真似事を始めたのはロサンゼルス郊外のゴルフ場のレストランで開催されたパーティーが最初だった。また大学の同窓会で母校のビッグバンドをロサンゼルスに呼んだ際、リトル東京の日米文化会館でのコンサートとクイーンエリザベスでのダンスパーティーの企画、運営を担当したが驚くほど手頃な費用で簡単に開催できたことに驚いたものだ。またこれにより参加費を安く設定でき集客しやすくなるという好循環が生まれるわけだ。

さて、彼のホームページでは彼の活動の様子が音源や動画を通じて知ることができる。ジャズを基本にしながらも幅広いジャンルをこなす器用な音楽家であることが分かる。残念ながらホームページへのリンクの許諾を得ていないのでリンクは差し控えるが彼のFacebookのページにリンクが貼ってあるので興味のある方は是非覗いて頂きたい。

また、YouTubeに数年前の彼の演奏の模様がアップされてたのでご覧頂きたい。

Jimmy Vannの経歴

Jimmy Vannの生年は不明だがアメリカはアイオワ州のエイムスという小さな町で生まれ育った。母親が音楽教師ということもあり幼少より音楽に親しみピアノ等を学んだ。13歳にして音楽家組合員となり、高校卒業後は兵役でシカゴ近郊に駐屯する第5陸軍軍楽隊(5th Army Band)に配属されトランペットを担当。当時(60年代)、シカゴではジャズが盛んで多くのミュージシャンに出会い刺激を受け自らもJimmy Vann Duoを結成しナイトクラブで演奏し腕を磨いた。

3年の兵役を終えたあとハリウッドで俳優か音楽家になることを夢見てロサンゼルスに居を移すが、最終的に目標を音楽一本に絞ることにした。しばらくはピアノソロでの仕事をしていたがその後The Jimmy Vann Bandを結成。メンバーは流動的で多い時は6人編成になることもあったが1973年までバンドとして活動。

並行して、作曲と指揮についても勉強しいくつかのアニメ用のスコアを書いたりもした。彼の音楽人生の中でも非常に充実した時期だったそうだ。そしてこの間1969年にスタン·ケントン楽団に在籍していたJack Lyndeと出会いデュオとして活動。そして1970年ロサンゼルスのHayatt Houseに出演しているときに女性ボーカルのSusan Nemiroffが加わりトリオになる。

トリオとなったThe Jimmy Vann Bandは南カリフォルニアだけではなく南西部諸州へのツアーや2年間に渡るサンフランシスコのHayatt Houseでの契約などバンドとしての絶頂期を迎えるこになる。この間の1971年にアルバム“The Upper Left Hand Corner Of The Sky“が制作された。

1973年のバンド解散後もJimmy Vannは、新たなバンドを結成し音楽活動を続ける。バンドは何回か生まれ変わったが、現在の妻Dianeとはデュオで活動していた時期に彼女がフィーチュアリングシンガーとして加わったことが馴れ初め。パームスプリングス、ニューポート·ビーチ、そして夏にはカタリナ島での演奏と仕事も充実していたようだ。この時期になるとバンドのスタイルはジャズからロックンロールやリズム·アンド·ブルースのカバーバンドに変わり成功を収めたそうだ。90年代後半までの約15年このスタイルで活動。

近年はロサンゼルスの南、オレンジ郡に居を構えバンドやソロとしての活動をしつつ市民オペラの音楽監督、指揮や教会のクワイアの指揮なども行っていたそうだ。

また、Jessica Lange主演の映画”Sweet Dreams”(1985)にちょい役(バックコーラスグループJordanairsの一員)で出演したことで若き日の夢が少しだけかなったとのこと。

Facebookを見る限り2021年まではライブやイベントなどをこなしていたようだが、ここ1年は目立った活動はなさそうだ。生年は不明ながらキャリアから考えて少なくと80歳にはなっていると思われるので健康状態が気になるところだ。

妻Dianeとの間に一人娘Chelseaがおり、彼女もまた舞台女優、歌手として活動している。

Susan Nemiroff嬢と活動した絶頂期について

再発CDブックレットの表紙より。左からJimmy Vann, Jack Lynde, Susan Nemiroff

表題作The Upper Left Hand Corner Of The Skyが素晴らしいのはJimmy Vannのアレンジの手腕もさることながらSusan Nemiroff嬢の歌声に負うところが大きい。Jimmy自身も彼女の美しさと歌手としての潜在的能力に大いに惹かれたとのこと。

私自身、この曲を初めて聴いた時にその素晴らしさに衝撃を受けたが、同時に何か懐かしいものを感じた。後で気づいたが同時期の日本のソフトロックグループ「赤い鳥」を想起したからだ。あくまで個人の印象だがSusan Nemiroff嬢の歌声は少し赤い鳥の山本潤子さんに似ているような気がする。

自主制作盤とはいえ著名なエンジニアに依頼してレコーディングをしたわけだがらJimmy Vann自身もかなりSusan Nemiroff嬢の可能性に入れ込んだいたことが想像できる。

もう一つ、私の妄想になるがSusan Nemiroff嬢が加わっての成功はちょうど映画『恋のゆくえ/ファビュラス·ベイカー·ボーイズ』(1989)で売れないピアノ·デュオの兄弟が女性ボーカルを採用してから瞬く間に売れっ子バンドになっていくシーンを想起させる。Jimmy Vann Bandで三角関係があったかどうかは知らないが、バンドが売れていく瞬間というのはこういうものなのではないかと想像する。

そしてバンドの素晴らしい関係はいつか終わりを迎える。理由は不明だが1973年にバンドは解散。ドラムスのJack Lyndeは1995年に引退するまでスタジオ·ミュージシャン、音楽講師として活動。一方、Susan Nemiroff嬢は解散後もレコーディングに参加したり、ホテルや大きなレストランで歌っていたが、その後キャリアを変え、2008年のCD再発時にはカリフォルニア ディズニーランド近くホテル(The Double Tree Guest Suites)の人事部長を務めていたそうだ。

高浪慶太郎氏の解説によればJimmy Vannはこのアルバムを「過去からの一陣の風」と呼んでいるそうだ。その真意は不明だが音楽家として自身の作品が時を経て評価されることは嬉しい反面、長い音楽キャリアの中のたった1曲だけをいつまで褒められるのは面白くないだろう。

私が送った何通かメールで、”The Upper Left Hand Corner Of The Sky”のことをべた褒めし過ぎたことが返信がない理由かもしれない。

おわりに

最後に表題作”The Upper Left Hand Corner Of The Sky”の歌詞を載せておく。

DO YOU KNOW THERE’S MAGIC IN BELEIVEIN’,
NOTHING YOU CA’T DO IF YOU JUST TRY.
REACH RIGHT OUT AND YOU CAN TOUCH IT,
LOOK AROUND AND YOU CAN SEE IT.
SPREAD YOUR WINGS AND LET YOUR SPIRIT FLY
TO THE UPPER LEFT HAND CORNER OF THE SKY.

DON’T YOU KNOW THE MAGIC’S ALL WITHIN YOU,
CATCH EACH MOMENT AS HURRIES BY.
NEEDN’T KNOW THE RHYME OF REASON,
WHEN YOU KNOW THE TODAY’S THE SEOSON.
SPREAD YOUR WINGS AND LET YOUR SPRIT FLY
TO THE UPPER LEFT HAND CORNER OF THE SKY.

SOARING THROUGH THE STARTOSPHERE,
THAT ALL AWAITS YOU NOW,
YOU CAN MAKE IT HAPPEN,
IF YOU JUST KNOW HOW.

LISTEN TO THE MUSIC ALL AROUND YOU
NOT ONLY WITH YOUR EARS BUT WITH YOUR EYES.
HOP INTO YOUR ROCKING CHAIR,
JUST MIGHT BE I’LL MEET YOU THERE.
SPREAD YOUR WINGS AND LET YOUR SPRIT FLY
TO THE UPPER LEFT HAND CORNER OF THE SKY.

歌詞自体の意味は極めてざっくりまとめると「自らの可能性を信じ魂を開放すればなんでもできる。心の翼を広げ空の左上隅まで飛んで行こう!」といったポジティブな人生の応援歌のような内容だ。そこで「空の左上隅って何?」、「何故に右ではなく左?」という疑問が湧く。何かのメタファーかと考えたがあいにくそこまでの知識はない。そこでアメリカ人の友人何人かに聞いてみ結果、特に深い意味は無いということが分かった。「空の彼方のことで単なる言葉遊びではないか?」、「そもそも空は三次元なので左上隅という概念はない。心象風景をサイケデリックに表現したのではないか?」という意見だった。他に解釈があるようであればコメントをいただけるとありがたい。

長々と私の妄想も含めて書き連ねてきたがお付き合い頂き感謝する。

なお、各種ディスクガイド等で「カナダのソフトロックバンド」とか「カナダ出身のJimmy Vann」とか書かれているが、上述の通りJimmy Vannはアイオワ州出身である。これはJimmy Vann自身が書いていることである。昔は情報が限られていたことから間違った情報が広まったのだろう。しかし、高浪慶太郎氏の解説もいきなり「カナダ出身の~」で始まっている。これは高浪氏というよりはVividの責任が大きいと思う。きちんとした資料を渡していなかったこと、そして原稿のチェックをしていなかったことから訂正の機会を逃してしまったことになる。

ライナーノーツは我々音楽愛好家が大切にしている貴重な情報源なので発信側は正確を期してほしい。

かく言う弊ブログにも誤り、事実誤認があるかもしれない。お気づきの方は是非ご教示頂きたい。

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